強化された対ファーウェイ輸出規制の内容について
2020年5月15日、米国商務省 産業安全保障局(BIS)は対ファーウェイへの輸出規制措置を強化するため米国輸出管理規則(EAR)を改正すると発表しました。米国は昨年2019年の5月にいわゆるエンティティリストへファーウェイ及びその関連会社を追加し、米国原産の貨物やソフトウェア・技術のファーウェイへの輸出に規制をかけていましたが、今回の措置はその規制をさらに強化するためのものになります。
この一連の措置は、5Gにおける通信インフラからファーウェイを締め出すためにファーウェイへの半導体部品の供給を封じることが狙いと言われています。しかしながら、昨年5月のエンティティリストへの追加の措置にも関わらず、その規制が及ばない範囲で半導体チップが依然としてファーウェイへ供給され続けているために、今回の規制強化に至っています。
この規制が及ばない範囲というのがいわゆる”デミニマスルール”によってEARの規制の対象外となる非米国産品に該当するケースのようでした。
エンティティリストの掲載により、一定の基準に該当する場合は非米国産品であってもリスト掲載国への輸出等するにはBISからのライセンス取得が必要になります(なお、ライセンス取得は事実上不可能なため、エンティティリストへの掲載は事実上の禁輸と位置付けられています)。この一定の基準というのがいわゆるデミニマスルールと呼ばれるものになります。
具体的には非米国産品目に組み込まれた米国産の部品や米国由来の技術の価値がデミニマスレベルと呼ばれる一定の割合を超える場合には規制の対象になるというもので、その割合が金額ベースで輸出品の原則25%を超えると規制の対象となってしまいます(但し、輸出先によってはその割合が10%という厳しい基準が適用される場合もあります)。
つまり、米国産の部品や米国由来の技術の価値が組み込まれた製品であっても、米国外で製造された製品であれば、デミニマスレベルを超えなければ、規制の対象にはなっていませんでした。
たとえば昨年6月26日のBloombergの記事では、米国の半導体大手のマイクロンやインテルが海外子会社・事業所を通じた自社製品を海外製に分類し、そのうえで米国由来の技術が25%未満であることを根拠に、ファーウェイへの出荷を再開している可能性が指摘されています。
また昨年5月23日の日本経済新聞の記事によると、台湾のTSMCからファーウェイへのチップ供給についても、半導体製造装置は米国由来技術の割合の算出には考慮する必要はないとの立場をとって、デミニマスレベルには届かないとして、ファーウェイへの出荷を継続しているとのことでした。
このような抜け穴があるためファーウェイへの半導体チップ供給を完全に止めることができていなかったというのが米国商務省の考えだと思います。しかしながらTSMCからファーウェイのスマートフォンや基地局向けチップの基幹デバイスを設計開発するハイシリコンへのチップが供給を是が非でも止めたい米国は今回の規制強化に踏み切ったのでしょう。
そこで今回はデミニマスルールとは無関係に、所定の非米国産品目に規制をかけている直接製品ルール(EAR §736.2(b)(3))と呼ばれる規定を修正することでその穴を塞いできました。
具体的には今回、新たに§736.2(b)(3)(ⅵ)として以下のような規定が導入されました。
“Criteria for prohibition relating to parties on Entity List. You may not reexport, export from abroad, or transfer (in-country) without a license or license exception any foreign-produced item controlled under footnote 1 of Supplement No. 4 to part 744 (“Entity List”) when there is “knowledge” that the foreign-produced item is destined to any entity with a footnote 1 designation in the license requirement column of the Entity List.”
これによると、規制対象となる非米国産の品目の実質的な定義はエンティティリストの脚注(footnote)に委ねたうえで、規定対象となる非米国産の品目の仕向け先がエンティティリストに記載の主体である場合に輸出等にライセンス取得が必要とされています。つまり規制対象の非米国産の半導体チップがファーウェイに渡ることを知っていることが規制対象となる要件の1つになっています。
そしてエンティティリスト( Supplement No. 4 to part 744)の脚注1(footnote 1) で規定されている品目が以下の(a)(b)で規定されています。
(a) Direct product of ‘‘technology’’ or ‘‘software’’ subject to the EAR and specified in certain Category 3, 4 or 5 ECCNs. The foreign-produced item is produced or developed by any entity with a footnote 1 designation in the license requirement column of this Supplement and is a direct product of ‘‘technology’’ or ‘‘software’’ subject to the EAR and specified in Export Control Classification Number (ECCN) 3E001, 3E002, 3E003, 4E001, 5E001, 3D001, 4D001, or 5D001; of ‘‘technology’’ subject to the EAR and specified in ECCN 3E991, 4E992, 4E993, or 5E991; or of ‘‘software’’ subject to the EAR and specified in ECCN 3D991, 4D993, 4D994, or 5D991 of the Commerce Control List in Supplement No. 1 to part 774 of the EAR.
(b) Direct product of a plant or major component of a plant. The foreign-produced item is:
(1) Produced by any plant or major component of a plant that is located outside the United States, when the plant or major component of a plant itself is a direct product of U.S.-origin ‘‘technology’’ or ‘‘software’’ that is specified in Export Control Classification Number (ECCN) 3E001, 3E002, 3E003, 4E001, 5E001, 3D001, 4D001, or 5D001; of U.S.-origin ‘‘technology’’ that is specified in ECCN 3E991, 4E992, 4E993, or 5E991; or of U.S.-origin ‘‘software’’ that is specified in ECCN 3D991, 4D993, 4D994, or 5D991 of the Commerce Control List in Supplement No. 1 to part 774 of the EAR; and Note to paragraph (b)(1) of footnote 1: A major component of a plant located outside the United States means equipment that is essential to the ‘‘production’’ of an item, including testing equipment, to meet the specifications of a design specified in (b)(2).
(2) A direct product of ‘‘software’’ or ‘‘technology’’ produced or developed by an entity with a footnote 1 designation in the license requirement column of the Entity List.
これを簡単にまとめると、(a)はエンティティリストに記載された主体によって製造・開発された非米国産品で且つ、EARの規制対象となる所定のカテゴリのソフトウェアや技術を用いて作られた品目、(b)は米国由来の所定のカテゴリの技術やソフトウェアを用いた製造装置を用いて米国外で製造された品目で、エンティティリストに記載された主体によって製造・開発された品目がそれぞれ規制対象となっています。
つまり、半導体チップを作るのに必須の米国由来の技術やソフトウェアや、それらを含む製造装置を、デミニマスルールに関係なく少しでも用いて製造された半導体チップがファーウェイに供給されることを封じようとしているのだと思います。
ファーウェイから半導体製造を受託しているTSMCでは、アプライドマテリアル、ラムリサーチ、テラダインといった大手の米国半導体製造装置メーカの装置が使われていることは間違いないため、ファーウェイはもはやTSMCからのチップ供給は受けることはできないでしょう。実際にすでにTSMCはファーウェイからの新規受注は停止したとの報道がなされています。
また現在の半導体チップの設計に際してはEDA(Electronic Design Automation)ソフトウェアが用いられ、このEDAソフトなしに半導体チップの設計は不可能といっても良いと思います。そして現在世界のEDAソフトウェアは米国企業の大手三社(Synopsys,Cadence,MentorGraphics)の寡占状態となっています。このEDAソフトが使用できないというは、ファーウェイ及びハイシリコンにとってかなり大きな痛手だと思われます。
このように世界の半導体業界のサプライチェーンから排除されたファーウェイが今後生き残っていくことができるのか、これが今後の大きな注目点だと思われます。またこの出来事が半導体業界のサプライチェーンにどのような影響を与えるのかについても注目していきたいと思います。