標準必須特許関連重要判決 Huawei vs ZTE (欧州連合司法裁判所,2015年)

 欧州を中心としてワイヤレスコミュニケーション(無線通信)関連の標準必須特許(SEP)の紛争、特に通信事業者と自動車メーカ・自動車部品メーカなどの異業種事業者との間で紛争が発生しています。その背景にはIoTの広がりにより、多くのモノが無線通信を介してインターネットと接続し、様々な業種のサービスで標準規格の準拠した無線通信技術が使用されるようになってきたことがあります。また通信業者等の保有する標準必須特許を集約したライセンスプール運営会社と通信事業者と慣行の異なる異業種事業者との間での軋轢や摩擦がこれら紛争の発端にもなっているようです。

 今後5Gの普及が進めば、このような紛争は欧州の自動車産業のみならず、日本の非通信事業の分野でも発生すると考えられています。そしてこれまでライセンス交渉や紛争に関する経験が少ない企業であっても、このような争いの当事者となる可能性があると言われています。

 このような標準必須特許を巡る争いでは、特許自体の標準必須性や有効性を争われるとともに、FRAND(fair, reasonable and non-discriminatory)条件を争点とした議論がなされることになります。権利者のオファー内容がFRAND条件に該当するかどうかについては交渉時のおける当事者の態度が影響を与えると考えられており、権利者と被疑侵害者双方とも交渉時に如何に客観的に誠実と認められ得る対応を取るかが重要になると考えています。

 今回紹介する事例、Huawei vs ZTE (欧州連合司法裁判所,2015年)は、欧州の裁判例ではありますが、ライセンス交渉の段階で当事者が採るべき対応を整理し、誠実な交渉と認められるにはどのような対応が求められるかの指針を示すものであり、日本の特許庁が公開している『標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き』においても参考にされています。

では、誠実な交渉態度とは何か。ライセンス交渉の進め方は、当事者間で個々のケースごとに、特許が実施されている国の法律や裁判例などを考慮して判断される必要がありますが、特に注目されているのが、Huawei対ZTE事件における2015年の欧州司法裁判所の決定です。そこでは、特許権者と実施者それぞれがライセンス交渉の各段階で取るべき対応を整理し、両当事者間の誠実な交渉の枠組みを示しました。

標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き(日本特許庁)より引用

 標準必須特許の交渉を行う場合には抑えておいたほうが良い判例のと一つと考え、今回はこの裁判に付託された5つの質問とそれに対する欧州連合司法裁判所が示した内容を紹介します。

背景

 中国の通信機器メーカーであるファーウェイとZTEとの間で,第4世代移動体通信システムに係る技術標準である LTE(Long Term Evolution)標準の必須特許(EP2,090,050B1)をめぐって,ドイツのデュッセルドルフ地方裁判所で争われていたところ、被疑侵害者であるZTEは,標準必須特許権者であるファーウェイは技術標準に係る必須特許についてTFEU第102 条に照らしてFRAND条件によるライセンスを行う義務がある旨の抗弁を行っていた。

TFEU第102条(支配的地位濫用の禁止)

 域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。

a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他不公正な取引条件を課すこと

b 需要者の利益に反する生産,販売又は技術開発の制限

c 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競争上不利な立場に置くこと

d 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること

公正取引委員会HPより引用

先行判例

 しかしながら、争いが行われていた当時ドイツ国内に影響力を与える、矛盾する恐れのある2つの司法的見解が存在していた。

 1つの見解が、ドイツ国内の裁判所で示された判決(オレンジブック・スタンダード事件」ドイツ連邦通常裁判所(2009年5月))で示された見解であり、次のようなものである。

『ライセンス許諾を求める侵害者には『契約に忠実な』対応が求められる」として,付随条件なしの拘束的なライセンス許諾の申出を行うことに加え,既に特許権侵害を行っている侵害者が「対価の支払いによってライセンスを受ける意思を 有している」というだけでは足りず,特許権者が侵害者に対して既にライセンスをしたに 等しい状況であることに対応して,侵害者も過去の特許の実施行為に対して「ライセンスの対価の支払い義務に応じなければならない」などとしている。』

JETROデュッセルドルフ事務所による判決要旨日本語版より引用

 他方の見解が、当時審理中のサムスン対アップル事件において予備的に示されていた 欧州委員会の見解(2012年12月)であり、次のようなものであった。

『サムスンがアップルに対して多数のEU 加盟国において自身の携帯電話標準必須特許に基づき侵害差止めを求めていた事案について,「標準必須特許が関わっており,侵害者に『FRAND 条件』によるライセンスを受けるべく交渉する意思がある場合には,侵害差止請求は濫用と解され得る」として』いる。

JETROデュッセルドルフ事務所による判決要旨日本語版より引用

欧州連合司法裁判所への付託質問

 以上の2つの相反する見解を背景に、デュッセルドルフ地方裁判所は, 同裁判所に係属中のファーウェイ対 ZTE の特許権侵害訴訟の手続を中止し,欧州連合司法裁判所(CJEU)に対し,TFEU第102条の解釈に関する予備的判決を求めて,次の5つの質問を付託していた。

Original(English)拙訳
(1) Does the proprietor of [an SEP] which informs a standardisation body that it is willing to grant any third party a licence on [FRAND] terms abuse its dominant market position if it brings an action for an injunction against a patent infringer even though the infringer has declared that it is willing to negotiate concerning such a licence?
or
Is an abuse of the dominant market position to be presumed only where the infringer has submitted to the proprietor of the [SEP] an acceptable, unconditional offer to conclude a licensing agreement which the patentee cannot refuse without unfairly impeding the infringer or breaching the prohibition of discrimination, and the infringer fulfils its contractual obligations for acts of use already performed in anticipation of the licence to be granted?
標準必須特許の所有者であって、 FRAND条件でライセンスを第三者に許諾する意思がある旨を標準化機関に通知する者は、特許侵害者が当該ライセンスに関して交渉する意思がある旨を宣言していたにも関わらず、当該特許侵害者に対して差止命令を求める訴訟を提起する場合は、その市場支配的地位の濫用することになるのか?
または
侵害者が標準必須特許の所有者に、侵害者を不当に妨害し又は差別の禁止に違反することなく特許権者が拒絶することができないライセンス契約を締結するための受諾可能かつ無条件の申出を提出し、かつ、侵害者が、ライセンスが許諾されることを予測して既に履行されている使用行為に関する契約上の義務を履行している場合に限り、市場支配的地位の濫用が推定されるのか?
(2) If abuse of a dominant market position is already to be presumed as a consequence of the infringer’s willingness to negotiate:
Does Article 102 TFEU lay down particular qualitative and/or time requirements in relation to the willingness to negotiate? In particular, can willingness to negotiate be presumed where the patent infringer has merely stated (orally) in a general way that it is prepared to enter into negotiations, or must the infringer already have entered into negotiations by, for example, submitting specific conditions upon which it is prepared to conclude a licensing agreement?
市場支配的地位の濫用が、侵害者の交渉意思の結果として既に推定される場合:
TFEU102条は、交渉意思に関連して、特定の質的及び/又は時間的要件を定めているか。特に、特許侵害者が交渉を開始する用意があることを一般的な方法で (口頭で) 述べたにすぎない場合でも交渉意思を推定することができるか? 又はライセンス契約を締結する用意がある特定の条件を提出するなどして、侵害者が既に交渉を開始していなければならないのか?
(3) If the submission of an acceptable, unconditional offer to conclude a licensing agreement is a prerequisite for abuse of a dominant market position:
Does Article 102 TFEU lay down particular qualitative and/or time requirements in relation to that offer? Must the offer contain all the provisions which are normally included in licensing agreements in the field of technology in question? In particular, may the offer be made subject to the condition that the [SEP] is actually used and/or is shown to be valid?
ライセンス契約を締結するための受諾可能な無条件の提案を提出することが市場支配的地位の濫用の
前提条件となる場合:
TFEU第102条は、その提案に関連して、特定の質的及び/又は時間的要件を定めているか? 提案には、当該技術分野のライセンス契約に通常含まれているすべての条項が含まれている必要があるか? 特に、 標準必須特許が実際に使用されていること、及び/又は有効であることが示されていることを条件として、オファーを行うことができるか?
(4) If the fulfilment of the infringer’s obligations arising from the licence that is to be granted is a prerequisite for the abuse of a dominant market position:
Does Article 102 TFEU lay down particular requirements with regard to those acts of fulfilment? Is the infringer particularly required to render an account for past acts of use and/or to pay royalties? May an obligation to pay royalties be discharged, if necessary, by depositing a security?
許諾されるライセンスから生じる侵害者の義務の履行が、市場における支配的地位の濫用の前提条件である場合:
TFEU第102条は、履行行為に関する特定の要件を定めているか? 侵害者は、過去の使用行為についての会計書類を提示をすること及び/又はロイヤルティを支払うことを特に要求されているか? ロイヤルティの支払義務は、必要に応じて担保を供託することにより免責されるか?
(5) Do the conditions under which the abuse of a dominant position by the proprietor of a[n SEP] is to be presumed apply also to an action on the ground of other claims (for rendering of accounts, recall of products, damages) arising from a patent infringement?標準必須特許の所有者による支配的地位の濫用が推定される条件は、特許侵害から生じる他の請求(会計書類の提示、製品の回収、損害賠償請求)を理由とする訴訟にも適用されるか?
デュッセルドルフ地方裁判所からCJEUに付託された質問

注)和訳については参考のため筆者が作成したものであり、正確性を保証するものではありません。正確を期す場合は原文を参照願います。

欧州連合司法裁判所予備的判決

上記の質問に対する欧州連合司法裁判所(CJEU)のTFEU第102条の解釈に関する予備的判決は以下の通りである。

Original(English)拙訳
1. Article 102 TFEU must be interpreted as meaning that the proprietor of a patent essential to a standard established by a standardisation body, which has given an irrevocable undertaking to that body to grant a licence to third parties on fair, reasonable and non-discriminatory (‘FRAND’) terms, does not abuse its dominant position, within the meaning of that article, by bringing an action for infringement seeking an injunction prohibiting the infringement of its patent or seeking the recall of products for the manufacture of which that patent has been used, as long as:
-prior to bringing that action, the proprietor has, first, alerted the alleged infringer of the infringement complained about by designating that patent and specifying the way in which it has been infringed, and, secondly, after the alleged infringer has expressed its willingness to conclude a licensing agreement on FRAND terms, presented to that infringer a specific, written offer for a licence on such terms, specifying, in particular, the royalty and the way in which it is to be calculated, and
-where the alleged infringer continues to use the patent in question, the alleged infringer has not diligently responded to that offer, in accordance with recognised commercial practices in the field and in good faith, this being a matter which must be established on the basis of objective factors and which implies, in particular, that there are no delaying tactics.
TFEU第102条は、標準化機関によって策定された標準に不可欠な特許の所有者が、公正、合理的かつ非差別的 ( 「FRAND」 ) な条件で第三者にライセンスを付与するという取消不能の約束を、標準化機関に与えている場合、その特許の侵害を禁止する差止命令を求める侵害訴訟を提起したり、製造者に対してその特許が使用された製品の回収を求めることによって、同条の意味におけるその支配的地位を濫用しないことを意味するものと解釈しなければならない。但し、以下の条件を満たす限りである。
-当該訴訟を提起する前に、所有者は、第1に、当該特許を指定し、かつ、侵害の方法を指定することにより、被申立侵害の被疑侵害者に通知し、第2に、被疑侵害者がFRAND条件によるライセンス契約を締結する意思を表明した後に、当該条件によるライセンスのための特定の書面による申出を当該侵害者に提示し、特に、ロイヤルティ及びそれが計算される方法を指定し、
-侵害者とされる者が当該特許を継続して使用し、当該分野において認められている商慣行に従い、かつ、真摯に、当該申出に誠実(これは、客観的要因に基づいて立証されなければならない事項であり、特に、遅延戦術が存在しないことを暗示するものでなければならない)に対応していない場合。
2. Article 102 TFEU must be interpreted as not prohibiting, in circumstances such as those in the main proceedings, an undertaking in a dominant position and holding a patent essential to a standard established by a standardisation body, which has given an undertaking to the standardisation body to grant licences for that patent on FRAND terms, from bringing an action for infringement against the alleged infringer of its patent and seeking the rendering of accounts in relation to past acts of use of that patent or an award of damages in respect of those acts of use.2.TFEU第102条は、 FRAND条件で当該特許のライセンスを付与することを標準化機関に約束した標準化機関が設定した標準に不可欠な地位にあり、かつ、当該標準に不可欠な特許を保有することを、本案の場合のような状況において、当該特許の侵害者とされる者に対して侵害訴訟を提起し、当該特許の過去の使用行為に関する計算を求めること又は当該使用行為に関する損害賠償の裁定を求めることを禁止するものではないと解さなければならない。
欧州連合司法裁判所(CJEU)のTFEU第102条の解釈に関する予備的判決

注)和訳については参考のため筆者が作成したものであり、正確性を保証するものではありません。正確を期す場合は原文を参照願います。

結論(まとめ)

 結論としては、本判決では、必須特許の権利者よる差し止めの請求の訴えは所定の条件下では、欧州連合の競争法に違反する可能性があることを示したものと言える。具体的には、標準化機関に対してFRAND宣言した特許であっても差止命令を求める侵害訴訟を提起したり、リコールを求めることは、以下の条件を満たさない場合には、TFEU 102条の意味におけるその支配的地位を濫用に該当しうることを示したものと言える。

(1)権利者が訴訟前に特許を指定し、かつ、侵害の方法を指定し、被疑侵害者に通知していること。

(2)被疑侵害者がFRAND条件によるライセンス契約締結の意思表明した後、権利者が書面によりライセンス条件を当該侵害者に提示し、特に、ロイヤルティ及びその計算方法を指定していること。

(3)被疑侵害者が特許を継続使用しており、商慣行に照らして、真摯かつ誠実に対応していないこと。

今回は以上です。