標準必須特許(SEP)関連 ドイツ連邦最高裁判決(2020.5.5)
概要
2020年5月5日にドイツで標準必須特許(SEP)関連で重要な最高裁判決が出されています。この判決はドイツデュッセルドルフ高等地方裁判所が2017年3月30日に下した控訴審判決に対して行われたドイツ連邦最高裁判所への上告審の判決です。
控訴審はSEP権利者であるシズベル社(SISVEL)、が中国家電メーカハイアール社(Haier)に勝訴した第一審に対してHaierが控訴したもので、控訴審判決では、HaierのFRAND条件違反に基づく抗弁が認められ一審が破棄されていました。
今回の最高裁判決では主に(1)SEP権利者による侵害通知の態様、(2)実施者によるFRANDライセンス取得意思(Willingness)、(3)非差別性の問題(The non-discrimination issue)などを争点として、それらに対するドイツ連邦最高裁の判断が示されています。
以下、判決文原文を参照しながら、各争点の主要部分についてまとめます。
争点1(SEP権利者による侵害通知の態様)
欧州連合司法裁判所(Huawei vs ZTE,2015年)が示した判断基準によれば、SEP権利者による実施者に対する差止請求が認められるためにはまず権利者が訴訟前に特許を指定し、かつ、侵害の方法を指定し、被疑侵害者に通知していることが求められています。
これに関して本最高裁判決では以下のように述べられています。
Eine solche Unterrichtung soll den Verletzer auf den Verlet-zungstatbestand und die Möglichkeit und Notwendigkeit einer Lizenznahme aufmerksam machen. Es genügt insoweit, dass das Patent bezeichnet und an-gegeben wird, in welcher konkreten Handlung die Verletzung bestehen soll. (和訳:このような通知は、侵害者に侵害行為に注意を喚起し、ライセンスを受けることの可能性と必要性を示すものでなければならない。それは この点では、特許が指定され、侵害が構成される具体的な行為が示されていれば足りる。)
Detaillierter technischer oder rechtlicher Erläuterungen des Ver-letzungsvorwurfs bedarf es nicht; der Verletzer muss nur in die Lage versetzt werden, sich – gegebenenfalls mit sachverständiger Hilfe oder durch Einholung von Rechtsrat – ein Bild von der Berechtigung des Patentverletzungsvorwurfs zu machen. Die in der Praxis verbreitete Darlegung des Verletzungsvorwurfs an-hand von “Claim Charts” ist regelmäßig ausreichend, aber nicht zwingend ge-boten. (和訳:侵害者は、必要に応じて専門家の支援を受けたり、法律上の助言を得たりして、特許侵害の主張の正当性を説明することができればよい。実務上普及している「クレームチャート」に基づいて侵害の主張を提示することは、定期的に十分であるが、必ずしも必要ではない。)
実施者に対して特許を特定し、侵害を構成する行為を具体的に示す必要があるとされているものの、いわゆる侵害主張の為にクレームチャートを提示までは不要と判断しています。即ち実施者がSEP権者に対して詳細は技術説明までを求めることはできず、必要に応じて専門家のアドバイスを得て自ら特許侵害の主張の正当性について説明をしなければなりません。
争点2(FRANDライセンス取得意思”Willingness”の判断基準)
同じく欧州連合司法裁判所(Huawei vs ZTE,2015年)が示した判断基準によれば、SEP権利者による実施者に対する差止請求が認められるかどうかは、実施者がFRAND条件によるライセンス契約締結の意思表明を行っていたかどうかも一つの要件となります。
これに関して本最高裁判決では以下のように述べられています。
Daher genügt es nach dem ersten Hinweis zur Begründung weiterer Verpflich-tungen des marktbeherrschenden Patentinhabers nicht, wenn der Verletzer sich daraufhin lediglich bereit zeigt, den Abschluss eines Lizenzvertrages zu erwä-gen oder in Verhandlungen darüber einzutreten, ob und unter welchen Voraus-setzungen ein Vertragsschluss für ihn in Betracht komme (vgl. Schlussanträge des Generalanwalts Wathelet vom 20. November 2014 – C-170/13 Rn. 50). Vielmehr muss der Verletzer sich seinerseits klar und eindeutig bereit erklären, mit dem Patentinhaber einen Lizenzvertrag zu angemessenen und nicht-diskriminierenden Bedingungen abzuschließen, und muss auch in der Folge zielgerichtet an den Lizenzvertragsverhandlungen mitwirken. (和訳:したがって、最初の表示の後、侵害者がライセンス契約の締結を検討する意思を示したり、どのような条件で契約の締結が可能かどうかについて交渉に入る意思を示しただけでは、支配的特許権者側の更なる義務を立証するには不十分である(2014年11月20日付Wathelet法務官意見書-C-170/13, para.50参照)。むしろ、侵害者は、特許権者との間で合理的かつ非差別的な条件でライセンス契約を締結する意思があることを明確かつ明確に宣言しなければならず、その後のライセンス契約交渉にも的を射た形で参加しなければならない。)
すなわち、実施権者側にライセンス契約締結に向けて明確に宣言し、ライセンス契約交渉に積極的に参加することが必要とされています。これによれば交渉を意図的に遅延させるホールドアウトのような戦略を取った場合はライセンス契約締結の意思を表明を行っていたと認められにくくなるものと思われます。
争点3(非差別性の問題(The non-discrimination issue)
3つの目は、FRAND条件の非差別的(Non-Discriminatory)の部分はいわゆる「厳格な(hard-edged)」要件であるか否かについてもの問題です。
これに関して本最高裁判決では以下のように述べられています。
Was im Einzelfall angemessene und nicht-diskriminierende Bedingungen eines Lizenzvertrages sind, hängt regelmäßig von einer Vielzahl von Umstän-den ab. Wie auch in anderen Fällen eines (möglichen) Missbrauchs einer marktbeherrschenden Stellung ist der marktbeherrschende Patentinhaber nicht grundsätzlich verpflichtet, Lizenzen nach Art eines “Einheitstarifs” zu vergeben, der allen Nutzern gleiche Bedingungen einräumt (BGHZ 160, 67, 78 – Standardspundfass). Eine solche Verpflichtung ergibt sich auch nicht aus der FRAND-Selbstverpflichtungserklärung. (和訳:何が個々のケースでライセンス契約の合理的かつ非差別的な条件を構成するものは、定期的に様々な状況に依存します。他の(可能性のある)支配的な市場地位の濫用の場合と同様に,支配的な特許権者は,一般に,すべての利用者に同じ条件を付与する「一律料金」の形でライセンスを付与する義務はない(BGHZ 160, 67, 78 – Standardspundfass)。また、そのような義務は、FRANDの自己責任宣言からは生じない。)
すわなち、FRAND条件とは個々の取引実情に応じて異なる可能性があるため、全ての利用者にたして一律の条件でライセンスすることを義務付けるものではないとして、いわゆるHard-edged ND(Non-Discriminatory)を否定しました。
まとめ
今回の最高裁判決のポイントは、差し止め請求が認められるためのFRAND条件に関するいくつかの要件について少し踏み込んだ判断をしているところだと思います。また総じてSEP権利者側に立った判断が多いと感じました。ドイツにおける最高裁であるのでそのまま日本での裁判や交渉実務で通じるわけではないものの、今後SEP特許に関する交渉に関与することがあれば(特に実施者側の場合)、差し止め請求を回避するために何をすべきかを考える際に参考にすべき内容と感じました。
今回は以上です。
なお、今回の翻訳部分については正確性は担保しておりません。正確性を求める場合はドイツ連邦最高裁判所のサイトに公開されているで判決文をご確認ください。